今日と明日 変わることと変わらないこと

4月30日。「平成」最後の一日もあとわずか。

明日から新元号「令和」ですね。

テレビは平成の総まとめのような番組が目白押し。

元号が発表されて以来、日本全国が不思議なそわそわとわくわく感に包まれているような気がします。

私自身は所用も有りあまり上記のような番組は見られていないのですが、昭和から平成へ変わった頃のことを思い返せば、おめでたい気持ちで改元を迎えられるというのは良いことだなあと思います。

 

元号が変わるからといって何が変わるわけでもないという方もおられるでしょうし、実際変わらないことの方が多いでしょう。

元号という日本独自の暦に否定的な意見も見たことがあります。

まあ、確かに不便な点も多いですものね。平成に変わった頃にも西暦だけに統一した方がいいのでは、なんて話題をテレビで見た記憶があります。

でも、元号という独自の暦があることで西暦とはまた違う形で時代の歩みを振り返れたり、先日SNSで話題になった「平成最後の昭和の日の大正駅で明治のR-1を飲む」なんて遊び心も生まれたりするわけですから、悪いことばかりでもないのではないかと思います。

 

今日も明日も同じといえば同じ一日で、違うといえば昨日と今日だって違う一日です。

日本以外の国ではただの平日、それもその通り。

逆に外国ではとても大切に思われている記念日も、日本ではただの平日だったりします。

明日を新たな時代の幕開けとして気持ちを新たにすることも、昨日今日と変わらない一日として過ごすことも、どちらであっても良いのではないかなあと個人的には思っています。

ただ、自分と違う考えを否定するのでさえなければ。

誰かにとっての大事な日・忘れられない日が、他の誰かにとっては何でもない日であるというのは当たり前のことです。

今日や明日を特別な日だと感じていらっしゃる方も、特別でもなんでもない日だと感じていらっしゃる方も、それぞれがそれぞれ「らしく」、お互いを尊重できる日であれば良いなあと思います。

 

改元に際して何をしたわけでもありませんが、こんな風に考えることができる機会があったということは、今日や明日は私にとってもある意味特別な一日と言えるかもしれません。